マンガ家 ⚖️ 写真家
クリエイターの中での分類としては、自分は「イラスト寄りの漫画家」と答えることが多い
クリエイターの中には、曲も写真もモーショングラフィックも手がけ、実写ベースのVlogをYouTubeメインで発信するようなマルチな人もいる
そんな中での自分の「制約と誓約」をいうと、音メディアに足を踏み入れない、手を付けないということだ あえて領域を絞ることで、漫画やイラストの強度を底上げしていると考えている、そうなったらいいなと、
しかし、漫画家であっても、取材や資料集めで写真を使わない人はいない 直接的ではなくても、必ず資料としては写真を使う
で、絵描きをやっていると、時折「写真にはかなわないな」と思わされる場面がたくさんある というか、2Dだけの表現だったらまず太刀打ちできない
たとえば、商業的な伝達、物撮り、飲食物の美味しそうな描写、観光スポットの紹介など、明確な情報伝達の領域がそうだ
そこにはリアルな色がある 水の質感、時間経過の表現、光の美しさ、透明感の表現
あるいは女の子の表現 肌の柔らかさ、フォルム、豊かな表情、目や鼻や口の繊細な動き、感情の機微、憂い
自然の樹木、静けさ、静謐さ、光を受けている部分、重なり合う葉の陰影

結局、そこにある情報量は、人間が手で描くよりも何兆倍も多い 解像度が圧倒的に高い
それでも、なぜ僕がマンガにこだわるかというと、やはり「概念化」や「記号化」にあるのだと思う 漫画は、言語(文章)と、写真(具象)の中間のような表現領域だと感じている
非現実のモノやコト 過去、未来、時空のゆらぎ さらには概念や心理など、目に見えない抽象物も表現できる 何より、僕の頭の中にしかないものをそのまま描き出すことができる
そして、それができるのは「ネーム」を書ける人だ
2026年の今においても、ネームを書く(構成や文脈を生み出す)という行為は、AIになかなか置き換わっていない 逆に言えば、最初の「0.0000、、、1」みたいな小さな火種であっても、ネームさえ書くことができれば、テクノロジーというアンプ(増幅器)によって、それを漫画表現にも写真表現にも自在に昇華させることができる
デッサン力というものが、なくても漫画化できる時代になった、
ん?、いや、でも実は、ネーム力にデッサン力は含まれているとは考えてる、
自分の頭にある情景、をネーム化するってのは、デッサン力、書き出し力がかなり必要、時間かけてじっくり、というより、直接に、素描するアプローチ
次回はこのあたりも考察してみたい
おまけメモ
