プラダを着た悪魔2
プラダを着た悪魔2、公開初日に見てきた
有吉さんがサンドリで言っていた。
「俺めっちゃ好きよ、プラダきた悪魔。見るものないな〜って時あるじゃん、そういう時に見る作品だから、2〜3年に1回は見てて、きっとこの20年くらいのうち、10回くらいは見てるよ」
2026年、プラダを着た悪魔2が公開するというトークの流れだったと思う。それを聞いて、「行くか」となった。
もともと「1」を見たことがなかった。有名作だとは知っていたが、タイミングと巡り合わせで20年スルーしてきた。別に避けていたわけじゃない。ただ、なんとなく見ていなかった。
予備知識は「クソな編集長のところにアン・ハサウェイが来て、ブラックな職場でいろいろある話」くらい。それで映画館に入った。
全然問題なかった。
ナンバリング作品の難しさは、前作のコンテキストをどこまで使うか、だ。これはすべての制作者の悩みだと思う。前作を知っている人に向けて深く作れば、新規は置いてかれる。逆に薄めすぎると、既存ファンがつまらない。
この「2」の着地は、かなりうまかった。
そもそも「1」のベース設定が優秀すぎる。「クソな編集長×働き者のアン・ハサウェイ」という構図は、トレーラーや口コミで3行くらいの情報が入った時点でもう走り出せる。1を見ていなくても、だいたいわかる。あの編集長のところに行って、ブラックだわ〜となって、無茶振りされて、ファッションショーがあって、クソな編集長がふとナイーブな一面を見せて、最後なんだかんだよかったね、という骨格が、もう観客の頭の中にある。
そのベースの強さに乗っかって「2」が動いているから、コンテキストゼロでも置いてかれない。これは制作として評価していい。
余韻は、Lady Gagaが全部持っていった。
本編が終わって、エンドロールに入る瞬間、「Runway」がドンと入ってくる。ここがすごい。構成として完璧で、1秒も隙がない。エンドロールの曲なんて普通は流しながら席を立つものだが、あれは立てなかった。多幸感がすごい。
Lady Gagaというより、編曲とサウンド構成の実力なのかもしれない。音楽単体ではなく、「この映画のこのタイミングで流れる音楽」として完成している。
あとは、アン・ハサウェイがクソかわいい。
2時間ずっと、嫌味なく、飽きずに、目が離せない。ヒロインとしての引力がすごい。これは別で1本書いてもいいくらいなので、今回は一言だけにしておく。
有吉さんのサンドリを信頼してよかった。作品を選ぶ感覚も、楽しみ方の解像度も、今回の件でまた信頼が上がった。「見るものないな〜って時に見る作品」という評し方が、本当にそうだったし、そういう作品が一番長く生き残る気がする。
メジャーな映画って、やっぱりすごい。