2010年のAKBと、2026年のAKB

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2026年の深夜に、AKBのYouTubeを見ていた。

千葉のアスレチック施設でのロケ動画だった。メンバーたちがロープにしがみついて、笑って、転んで、また笑っている。スタッフも若くて、撮影もハンディカメラっぽくて、低予算のにおいがした。ちゃんひなとか、まさいまゆうとか、今の中心メンバーが全力でやっている。それが逆に好感だった。

ただ、不思議な感覚もあった。

これ、普通の地下アイドルグループがやってるロケと、規模感がほとんど変わらない。

2010年頃のAKBを知っている身からすると、その落差は歴然としている。あの頃は『AKBINGO!』があった。バッドボーイズがホスト役で、粉まみれ、ゲテモノ、私服ダメ出し、ゴールデン前のテレビが一番元気だった時代の熱量がそのまま画面から出ていた。有吉弘行と小嶋陽菜の深夜の『共和国』もあった。あの毒舌の全盛期に、アイドルを「お前」呼ばわりするシュールな掛け合いが、昭和から続く平成バラエティの最後の打ち上げ花火みたいだった。

あの頃のAKBは、教室の後ろで騒いでいる集団みたいなものだった。全員の名前を言えなくても、とにかく存在感があった。

やがて坂道がきた。乃木坂46が登場してから、アイドル界の色が変わった。中央集権型の運営、全員同じ事務所、清潔で静謐なブランド感。「手の届かない憧れ」を狙って設計された美しさだった。乃木坂は窓際で本を読んでいる、話しかけるのに勇気がいる高嶺の花で、AKBは教室の後ろで騒いでいる親しみやすい集団だった。でも2010年代半ばから、静謐な方が1軍になった。

今のAKBは、その「泥臭さ」を小さな画面の中でやっている。

YouTubeのチャンネル登録者数でいえば、坂道が各100万人以上で、AKBの公式チャンネルは250万人ほどある。ただし、その250万の大半は「ヘビーローテーション」や「恋するフォーチュンクッキー」の遺産だ。最近のバラエティ動画の再生数は、数万から10万くらい。熱量は、あの頃とは違う場所にある。

それでも、千葉のアスレチック動画を見ながら思った。悪くない、と。

ちゃんひなは喋ると親しみやすくて、まさいまゆうはバラエティの返しができて、何か持ってる感がある。低予算で、スタッフとの距離が近くて、部活の延長みたいな空気が、メンバーの素の顔を引き出している。かつてのテレビバラエティとは別の、小さくて正直な熱量がそこにある。

「国民的」じゃなくていい時代のAKBは、ある意味で、自由なのかもしれない。

2010年のAKBは社会現象だった。でも社会現象というのは、いつか終わる。終わった後に何が残るかで、グループの本質がわかる。千葉のアスレチックで泥だらけになって笑っているメンバーたちを見て、なんとなくそう思った。

派手ではないけれど、彼女たちはまだ、ちゃんと走っている。

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