マウントアイザ、1週間の話

エッセイ

海ってどんなだい、とクリーニング仕事のとき彼女は言った

マウントアイザ、丘に囲まれた街の俯瞰

2009年、23歳のころ、ワーキングホリデーでオーストラリアにいた。

マウントアイザ、という名前だけ聞くと、なんとなくドラマチックな響きがある。アウトバックの砂漠の真ん中にある、鉱山の街。行く前から、頭の中にはすでに映画が走っていた。赤土、煙突、乾いた風、ロードムービーのワンシーンみたいな風景——そういう類の妄想だ。

現実は、まあ、違った。

ブリスベンから車で20時間。到着してみると、街はある。ふつうに、街がある。スーパーもあるし、ホテルもある。ただ、それだけだ。砂埃と容赦ない日差しと、鉱山を中心に合理的に区画された、ひたすら現実的な街があるだけだった。SF映画の舞台にはなれない種類のリアルが、そこにはあった。

製錬所の煙突から立ち込める煙

クリーナーの仕事を2〜3日やった。

そこで出会ったおばさんがいた。50歳くらいだったと思う。地元の人で、ずっとマウントアイザで生きてきた人だった。

「日本って島国なんだろ?海ってどんなだい?私は50歳だけど、一度も見たことないんだ。一生に一度くらい、見てみたいと思ってるんだけど」

——しばらく、何も言えなかった。

島で生まれ育った自分にとって、海は「そこにあるもの」だ。空気みたいなもんで、意識したこともない。でも、マウントアイザから最寄りの海まで、直線で約900キロある。東京から福岡の手前まで、荒野しかない。その物理的な距離は、50年間、ひとりの人間の人生のサイズを軽く超えていた。

どう答えたかは、覚えていない。たぶん、答えられなかった。

そのとき感じたことを、今でも言語化できずにいる。

「格差」と呼ぶのは違う。「かわいそう」でもない。「教育」とか「情報リテラシー」とかの話でもない。そういう既存の言葉を当てはめた瞬間に、あの瞬間の重さが消えてしまう気がして、ずっと保留にしてある。

どちらかというと——巨大な岩壁を目の前にしたような感覚、に近かった。

分析も比較もできるものじゃない。ただ「そういう世界がある」という事実が、どんと目の前に置かれて、自分はそれに対して完全に無力だった。どうすることもできないし、何かを言うこともできないし、共有することもできない。ただ、そっとしておくしかなかった。

1週間で、マウントアイザを出た。

なぜ1週間で出たか、当時は「仕事が合わなかったから」だと思っていた。でも今思うと、もう少し別の理由があった気がする。本能的に、感じていたんだと思う。このマインドセットで、この土地にいたら、ヤバい、と。

あの街の「静止した重力」みたいなものに、飲み込まれてしまう予感があった。合理的に説明できないが、23歳の自分には、そこだけはわかった。だから、逃げた。それが正しかったかどうかはわからないが、逃げた。

17年が経った。

マウントアイザは、たぶん大して変わっていない。あの土地は100年以上「掘る」ためだけに存在してきた。ITが進化しても、SNSが普及しても、そこにある赤土と煙突と、900キロ先の海は変わらない。

あのおばさんが、海を見られたかどうかは、わからない。

わからないまま17年が過ぎて、今もわからない。

自分の中では、マウントアイザはいつまでも「解決されていない座標」として残っている。言語化できなかったものは、今もそのままだ。でも、それでいいとも思っている。無理に答えを出す必要はない。あの1週間は、あの1週間として、ただそこにある。

「海ってどんなだい?」

その問いは、たぶんずっと、自分の中で浮かんでいる。

マウントアイザの夜


Photo credits: 1. Royal Geographical Society of Queensland / CC BY 4.0 2. Kgbo / CC BY-SA 4.0 3. Rob and Stephanie Levy / CC BY 2.0 — via Wikimedia Commons

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